萬翠荘 ホーム|萬翠荘について

大正浪漫を今に伝える、日本が誇るフランス風洋館
萬翠荘は、大正11年(1922年)旧松山藩主の子孫にあたる久松定謨(ひさまつさだこと)伯爵が、別邸として建設したものです。
陸軍駐在武官としてフランス生活が長かった定謨伯爵好みの、純フランス風の建物は、当時最高の社交の場として各界名士が集まり、皇族方がご来県の際は、必ず立ち寄られたところであります。また、裕仁親王(後の昭和天皇)の松山訪問に合わせ、完成を急がせたとも伝えられております。
萬翠荘は戦禍を免れ、建築当時の様子をそのまま残す貴重な建築物として、昭和60年(1985年)に愛媛県指定有形文化財となっています。
建築その物も美術品ですが現在は、絵画、掛け軸、伝統芸術品、各種イベント、個展を随時行っています。 同敷地内には愚陀佛庵があり句会が行われております。
設計者について
木子七郎(きご しちろう)(明治44年東京帝国大学卒)は、この建物の外、県内では愛媛県庁本館、松山市役所の駐車場にあった元の県立図書館等を設計された方です。
敷地について
この敷地は、松山藩の家老屋敷の跡地であり、夏目漱石が明治28年、松山中学の英語の教師として赴任した折に下宿をしておりました、「愛松邸」のあったところでもあります。
〔現在の敷地面積9,535.05m²(含山林)(2,884坪)〕
建設費について
大正11年に建てられ、約30万円といわれております。
県庁本館が昭和4年に約100万円で建設されましたが、その7~8年前にはるかに小規模の分館に約1/3の30万円を要したということは、いかに巨費であったかご理解いただけると思います。



